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東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)149号 判決 1978年9月11日

原告

安藤元雄

外一三名

右一四名訴訟代理人

増本敏子

外五名

被告

神奈川県選挙管理委員会右代表者

安井常義

右訴訟代理人

鎌田久仁夫

外三名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告らは、「一、昭和五一年一二月五日施行の衆議院議員選挙の神奈川県第三区における選挙は無効である。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、第一次的に、「原告らの訴を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を、予備的に主文同旨の判決を求めた。<以下、省略>

理由

第一本件訴の適否について

一本件訴の性質

本件においては、爾余の判断の関係上、まず、選挙訴訟の性質について検討を加える。

1  選挙訴訟はいわゆる民衆訴訟に属し、法律の規定によつてはじめて裁判所の権限に属せしめられたものであつて、個人の具体的な権利義務の存否に関するいわゆる法律上の争訟には当らず、法律の規定によつて定められたことについて、しかもその範囲内においてのみはじめて裁判所は訴訟の形式においてこれについて判断することが、できるのであることは、多言を要しない。

そして、選挙訴訟――衆議院議員選挙に関するものに限つてみると――について、公選法第二〇四条は「衆議院議員……の選挙において、その選挙の効力に関し異議がある選挙人又は公職の候補者は、衆議院議員……の選挙にあつては当該都道府県の選挙管理委員会を……被告とし、……訴訟を提起することができる。」と定め、同第二〇五条第一項において、「選挙の効力に関し……訴訟の提起があつた場合において、「選挙の規定に違反することがあるときは選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り、……裁判所は、その選挙の全部又は一部の無効を……判決しなければならない。」と要件を定めているだけで、他に選挙訴訟の要件を定めている規定は見当らない(なお、衆議院議員選挙法大正一四年法律第四七号第八一条・第八二条参照)。

2  この選挙訴訟に関する規定によれば、当該選挙の効力を争う選挙訴訟を提起することができる者は、当該選挙区の選挙人または、公職の候補者に限られており、かつ、選挙訴訟の要件としては、当該選挙区の選挙について選挙の規定に違反すること、およびその結果選挙の結果に異動を及ぼす虞があること、すなわち、選挙規定に関する違法性と選挙の結果に異動を生ずる虞の二つが定められていることが明らかである。

このような選挙訴訟の構造に照らせば、裁判所は、あくまでも、当該選挙区の選挙の無効原因の存否を判断する権限が付与されているにとどまり、それ以上に、選挙の効力に関し判断をすることができないものであることは明らかである(選挙の効力に関し、特別に他に規定が存しないから、当該選挙区以外の選挙の効力について裁判所が判断することができるとする事由は現行法上認められていない)。

二選挙訴訟において議員定数配分規定の違憲性を主張することができるか。

選挙訴訟の規定(公選法第二〇四条)は、もともと、公選法の規定に違反して施行された選挙の効果を失わせ、改めて同法に基づく適法な再選挙を行わせること(同法第一〇九条第四号)を目的とし、同法の下における適法な選挙の再実施の可能性を予定するものであるけれども、右の選挙訴訟は、現行法上選挙人が選挙の適否を争うことができる唯一の訴訟であつて、これ以外に他に訴訟上公選法の規定の違憲を主張してその是正を求める機会はない。しかし、国民の基本的権利を侵害する国権行為に対しては、できるだけその是正・救済の途が開かれるべきであり、前記公選法の規定が、その定める訴訟において、同法の議員定数配分規定が選挙権の平等に違反するとしてこれを選挙無効の原因として主張することを殊更に排除する趣旨であるとはいえない。したがつて、選挙訴訟としての性質を肯認することができる限度において、かかる事由を主張して、選挙訴訟を提起することができると解するのが相当である。

また、議員定数配分規定は、後記のように複雑微妙な政策的および技術的考慮のもとに、国会により具体的に決定されるものであるけれども、国会が裁量権の範囲を逸脱している場合には、その規定が憲法に違反するかどうかについては、司法判断に適するものというべきであり、この点についての被告の主張は採用しがたい。

第二原告らの本訴請求の適否

一原告らの主張するところは、要するに、定数配分規定が不公正・不合理であり選挙権の平等を侵すものであるというのであるから、この点について判断を加える。

1 憲法第一四条第一項に定める法の下の平等は、選挙権に関しては、国民はすべて政治的価値において平等であるとする徹底した平等化を志向するものであり、憲法第一五条第一項・第三項・第四四条ただし書などの各規定の文言上は、単に選挙人資格における差別の禁止が定められているにすぎないけれども、単にそれだけにとどまらず、選挙権の内容、すなわち、選挙人の投票価値の平等も亦憲法の要求するところであるが、ただ、その投票価値の平等は、各投票が選挙の結果に及ぼす影響力が数字的に完全に同一であることまでも要せず、常にその絶対的な形におけるものを必要とするものではなく、国会が正当に考慮することのできる重要な政策的目的ないし理由に基づく結果として合理的に是認することができるものであれば、その投票価値の不平等も必ずしも許容されないものではない。そして、衆議院議員の選挙における選挙区割とこれに対する議員定数配分の決定にあたつては、各選挙区の選挙人数又は人口数(選挙人数と人口数とはおおむね比例するとみてよいから、人口数を基準とすることも許されるといえる。)と当該選挙区への配分議員定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされるべきであつても、それ以外にも、実際上考慮され、かつ考慮されてしかるべき要素は少なくなく、とくに都道府県は、選挙区割の基礎をなすものとして、無視することのできない要素であり、さらに、これらの都道府県を更に細分するにあたつても、従来の選挙の実績や、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の要素を考慮し、配分されるべき議員数との関連を勘案しつつ、具体的な決定がされており、また、社会の急激な変化や、人口の都市集中化の現象などもしんしやくし、政治における安定の要請など、極めて多種多様で、複雑微妙な政策的および技術的考慮要素をもとにし、結局は、国会がその裁量に基づいて、選挙区割や、議員定数配分を決定しているものであり、その結果、具体的に決定された選挙区割と議員定数配分の下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達しているときに、はじめて国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定されるべきで、そのような不平等を正当化するべき特段の理由が示されないかぎり、憲法違反と判断すべきである。(昭和五一年四月一四日最高裁判所大法廷判決参照)。

2 そこで、右の見地に立つて、原告らの本訴請求の当否について検討する。

(1)  まず、議員定数配分規定が憲法に違反するかどうかについては、前記のとおり、各選挙区の人口数と配分議員定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされるべきことではあるが、只単に人口数と議員定数との地率によつてのみ決せられるべきことでないことは、明らかである。

(2)  とくに、地域割のもととなる都道府県は、従来、わが国の政治及び行政の面において、重要な役割を果たし、かつ、国民生活および国民感情において極めて重要な意味を有しており、さらに、これらの都道府県を細分化するにあたつても、市町村その他の行政区画が、選挙区としてのまとまり具合、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の要素上、重要な機能を果たしてきていたことは否みがたい事実である。

そして、選挙区の地割のもととなる都道府県、さらには、市町村は、普通地方公共団体として、地方自治の根幹をなしているものである。日本国憲法は、大日本帝国憲法と異なり、第八章に地方自治の章を設け、四ケ条にわたり規定しており、地方自治を重視しているところ、かかる地方自治の重視は、単に当該地方自治体としての意思決定が当該地方自治体の構成員によつて地方自治の本旨に従い、自主的に決定されるべきことのみならず、当該地方公共団体の自己の政策ができるかぎり地方自治の本旨にそつて国の政策にも反映し易いようにすべきことも、当然要請されているものと解すべきであり(さもないと、地方自治体の地方自治に基づく施策が十分行なわれないおそれが生ずる。)、かかる地方公共団体が選挙区割において重要な機能を果たしている以上、当該選挙区のもととなる地方自治体の意思決定について、選挙人の意思が有効・適切に、国の施策上に反映されるべき投票価値を有するようにすることも、重要な要素として考慮されなければならない。

(3)  ところで、社会の急激――な主として経済的――発展に伴う人口の都市集中化、とくに東京・大阪・名古屋等の大都市及びその周辺部への集中、これに伴う関係選挙区における多数の選挙人の流入、その反映としていわゆる過疎地域における人口の稀薄化の現象が著しく、このことが、いわゆる選挙権の平等化に大きな問題を投じており、本件訴訟も、その一つのあらわれともいいえよう。

人口の都市への集中化は、物価の騰貴、その他住宅環境の劣悪化など各種多様の複雑な問題を生じているが、別な観点からみれば、都市への人口の集中化は、その当否を別として、これに価いする魅力がなんらかの意味で、とくに経済的、文化的などの諸利益が、都市部に存するからこそ生じたものであると同時に、その反面、過疎地域が、とくに経済的、文化的などの諸利益に恵まれないという結果が反映したものともいえるものであり、このような都市への人口の集中化という現象が急激に生ずるということは、必ずしも、社会政策あるいは経済政策的にみて望ましいものとはいいがたいのであり、このような現象をできるだけ避けるためには、その政治的影響力――その結果は経済的、文化的などの諸利益にも関連しうる――を行使しうることが望ましいのであり、とくに、過疎地域における経済的、文化的等の魅力を増大させこれを実現するためには、一きわ大きな政治的影響力の可能性を持つことが当該地域の住民にとつて必要である。すなわち、選挙における投票の価値が大きくなつてはじめて政治力に大きく影響する可能性を有するのである。

(4)  これに反し、人口の集中した都市においても、前記のように各種の複雑な問題が存し、これらが解決されるべきことはもとよりであるが、人口の集中化は、それ自体相当な経済的、文化的などの諸利益があるからこそ生ずるのであつて、人口の集中した都市それ自体が政治的に大きな影響力を行使しうる可能性を有するのであり、それ以上に大きな政治力が行使される可能性を与えることは、過度に経済的、文化的などの利益を広くかかる都市に与える可能性を加えることになり、ますます、かかる都市における経済的、文化的などの諸利益を享受しうる可能性を齎らすことになる。すなわち、おのずから、より大きな政治力が行使され易くなる基盤を齎らすものであり、このことは必ずしも、政治的に妥当または望ましいものとはいえない。このように、いわゆる投票価値の薄いといわれる場合においても、都市における政治力は過疎地域のそれよりも大きく働く可能性が強いのであり、これより以上に、人口数に応じて、いわゆる投票権の完全な数字的平等が実現されるような場合にはその政治的影響力は著しく増大し、ますます政治的、経済的、文化的など各種の利益を都市地域住民に享受し易くなる可能性を齎らすものである。

もつとも、都市地域住民が政治的・経済的・文化的などの諸利益を享受することができることそれ自体は、悪ではないが、そのような享受がむしろ過疎地域の住民の政治的・経済的・文化的などの諸利益についてのいわば不当な犠牲のもとにおいて――またはその可能性のもとにおいて成り立つていることに問題があるのであり、このことは、投票権の形式的数字的な意味における完全な平等化は、いわば、政治の不平等を齎らすおそれがあることを示すものといつてよい。

(5)  そして、このように考えてみると、投票権について、人口数と議員定数との比率の点のみから決するとすれば、人口の集中した都市地域の住民は、投票権について形式的には「不平等」のように取り扱われているかのようであるが、実質的になお相当な利益を得る反面、過疎地帯の住民は、形式的には不平等な「利益」を得ているかのようであるが、実質的には、なお、政治的に不利益に取り扱われているといつても、過言ではないともいえるのである

(6)  以上のように考えてみると、議員定数の配分を人口数のみに比率して決することは、最も大きな政治的影響力を必要とする過疎地域の住民には、政治的影響力の可能性を著しく減ぜられるという結果を齎らすことになり、公正かつ効果的な代表の実現を目指す選挙制度において、効果的な面はしばらく措くとしても、公正な利益代表は数字的な観点からだけこれを決するという一面的なことのみを強調する結果を招来し、人間の社会が質的に多種多様な異質的なものによつて構成されているという面を見捨てた見解として、単純に左袒できるものではない。

(7)  そして、議員の配分のもととなる選挙区の地域割は、地方自治のもととなる都道府県・市町村を基準にして定められ――たとい大都市では同一都市内でも細分化され、また多くの市町村では数か市町村がまとめられているとしても――ており、関連地方自治体の統一意思を可能なかぎり、有効・適切に反映すべく定められており、当該選挙区の関連する地方自治体の地方自治の本旨に従つて政治的要求が国政に汲みとられるように政治的影響力を有するように定められているのである。

このような機能ないし目的との関連において、選挙区の地域割り、人口数、議員定数が定められているとすれば、このような面をしんしやくして、議員定数などを定める国会の裁量権は非常に重視されるべきであることは、もとより、当然といわなければならない。

(8)  ところで、議員定数配分規定の違憲性の問題と関連して、選挙区割および議員定数の配分は議員総数と関連し、複雑微妙な考慮の下で決定され、一旦決定されたものは、一定の議員総数の各選挙区への配分として、相互に有機的に関連し、一の部分における変動は他の部分にも波動的に影響を及ぼすべきものであつて、その意味で一体不可分をなし、右配分規定は単に部分的に憲法に違反する不平等を招来するのみならず、全体として違憲の瑕疵を帯びるとする、見解は、前記最高裁判所判決の多数意見が示すところである。

しかし、先にも触れた如く、選挙訴訟では、当該選挙区の選挙の無効原因の存否を判断する権限が裁判所に与えられているにとどまり、それ以上に当該選挙区以外の選挙の効力に関し判断をする権限は付与されていないのであるから、裁判所としては、本件選挙区の選挙の効力について判断することしかできないのであり、議員定数配分規定全体について憲法判断をする権限を有せず、またその必要もないのである、前記最高裁判所判決の多数意見は、選挙訴訟における裁判所の権限との関係で十分納得できる説示を与えていない以上、この点から従うことができない(もつとも、前記最高裁判所判決の多数意見も当該事件の千葉県第一区の選挙の効力に関する判断過程の説示で述べたものにすぎないものと解されないでもない。さらに、ことを実質的に考えても、議員定数の配分規定も、一部の選挙区についてのみ切り離して改正している例(たとえば昭和五〇年法律第六三号)もあり、かつ、一選挙区についての投票価値の不平等の違憲は、必ずしも、他の選挙区について違憲を来たさない場合もあるのであるから、この点からも、前記多数意見には賛成しがたいものがある。)。

(6)  そして、本件選挙人の有する選挙権が、前述した投票価値の平等を失い憲法に違反するに至つたかどうかを判断するに当つては、いわゆる過疎地域の一部選挙区のように、選挙区の人口数と配分議員定数との比率が大きいものを基準として、違憲性の有無を決すべきではなく、全国的に各選挙区を平均した投票権の内容と比較して、その投票価値が憲法の保証する投票価値の平等を侵害しているかどうか、換言すれば、投票価値の差等に一般的合理性が存するかどうかによつて決するのが相当である。

というのは、前述したとおり、議員定数の配分規定は各選挙区ごとに分割してその合理性の有無を検討しうるのであり、たまたま、一部選挙区(たとえば一般に過疎地域に属するとみられる兵庫県第五区)において、人口数と議員定数の配分との比率が全国の平均的なものよりも著しく大なるものがあつても――一般的にいわゆる過疎地域を基盤とするものが前記比率が大きいものであるが、これも、前述した過疎地域の特異性に基づくものであつて、かかる差等を設けることに一応の合理性が存するものであるが、かりにこの差等が著しく大であつてその合理性を欠く程度に至つたようなときには、当該選挙区の選挙人をしてその当否を争わせれば足りるのであり、他の選挙区の選挙人において、かかることを争わせる必要はない――そのような一部選挙区を基準にして投票価値の平等性について憲法に違反するかどうかを基準とすることは(かりにあつたとしても)一部の不合理な選挙区のために他の合理的な差等の範囲内の選挙区の投票権についてまで、広く違憲をもたらすおそれも生じて、妥当でない結果を生ずるおそれがあるからである。

二今、この見地に立つて検討する。

1  請求原因一の事実および本件選挙が原告ら主張の規定に基づいて施行されたことは、当事者間に争いがないところ、当裁判所は、後記3においても説示する理由から明かなように本件選挙の効力は、昭和四五年国勢調査の結果に基づいて判断すべきものと思料するから、この見解のもとに原告らの請求の当否に検討を加える。

2  <証拠>によれば、昭和四五年国勢調査の結果により神奈川県第三区(現)の都市郡の人口数は九二七、七八一人であり、<証拠>によると、同国勢調査の結果による全国の総人口数(沖繩を含めて)は一〇四、六六五、一七一人であることが認められる。これを神奈川県第三区の議員定数三人、全国定数五一一人で、それぞれ除すると、神奈川県第三区の議員一人当り人口数は309,260.33人となり、全国議員一人当り平均人口数は二〇四、八二四となり、その比率は一五〇、九八八パーセントとなる。

右によると、神奈川県第三区においては1.5人の選挙人によつて、全国の選挙人の平均一人分の選挙権を行使することができるのであつて、前述した集中化した都市地域の政治に対する影響力の特殊性および昭和四五年度国勢調査の結果をしんしやくしたうえ、昭和五〇年七月三日法律第六三号により公選法が改正されたことに徴すれば(本訴提起の神奈川県第三区(旧)も、同第三区(現)と第五区とに分区された)右の程度の投票価値の偏差は、立法機関たる国会に委ねられた裁量権の行使の範囲内であり、合理的な差等に属すると認めるのが相当である。

3  原告らは昭和五〇年国勢調査の結果に基づいて、神奈川県第三区の投票権の内容を決定すべきであると主張する。

しかし昭和五〇年の国勢調査の結果が全て公表されたのは、昭和五一年四月一五日であり、本件選挙は昭和五一年一二月五日施行されたものであつて、その間わずか七ケ月余しか存しなかつたのであり、かかる短期間に――たといその前に、原告ら主張のように、昭和四七年一二月一〇日施行の第三三回衆議院議員選挙、昭和四九年七月七日施行の第一〇回参議院議員選挙があり、その結果の資料が存在していたとしても――多種多様な、かつ複雑微妙な議員定数および選挙区割を決定することはきわめて困難というべきであり、これが行なわれなかつたとしても、合理的期間内に公選法が改正されなかつたものとはいえない。のみならず、かりに、原告ら主張のとおり、昭和五〇年の国勢調査の結果をしんしやくしても、神奈川県第三区の都市郡の人口数は一、二〇七、一九六人であり、全国の総人口数は一一一、九三六、八九四人であり、これをそれぞれ神奈川県第三区の議員定数三人および全国議員数五一一で除すると、神奈川県第三区の議員一人当りの人口数は四〇二、三九八人であり、全国平均議員一人当りの人口数は二一九、〇五四人であり、その比率は、183.698パーセントとなる。右によると神奈川県第三区においては、約1.83人の選挙人によつて全国の選挙人の平均一人分の選挙権を行使することができるのであつて、このような投票価値の偏差は、若干広がるものであるけれども、いまだ、国会に委ねられた裁量権の行使の範囲内であり、合理的な差等を逸脱するものとは認められない。

原告らのこの点の主張は、いずれの点からも肯認しがたい。

三以上に述べたところから明らかなように、原告らの主張は、他に判断を進めるまでもなく認められないから、原告らの本訴請求は理由がなく、排斥を免れない。

第三よつて、原告らの本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(安藤覚 森綱郎 奈良次郎)

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